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コンセプト&ストーリー

東京・芝浦に建つ、世界に類を見ないスペース

はじめてここを訪れた人は、まず建築に驚くことでしょう。その外観はきわめて強いメッセージを放ちます。全部で7つある階層は透き通るようなガラス張り。内部の活動が外から見えるようにデザインされています。各階は大胆なスキップフロアで連続的につながっており、空間全体の一体感が表現されます。設計は世界で活躍する建築家・妹島和世氏(SANAA)が手掛けました。

建物は地元に古くからある中小企業「広告製版社」が所有しています。2011年、広告製版社は社屋の建て替えを機に、オフィスとしてだけではなく、地域の人々も一緒に利用できる家のような空間、SHIBAURA HOUSEをつくりました。芝浦にある、ひとつの家というコンセプトです。

SHIBAURA HOUSEは、近くに暮らす子供や母親をはじめ、会社員、そして海外からのゲストも集まるコミュニティスペースとして運営しています。料理や英会話のクラスから、海外のゲストを招いたレクチャーまで、年間に100回をこえる文化的プログラムを実施しています。さらに1Fは誰でも無料で出入りができる公園のような場として開放。ランチタイムには会社員や近所の人々で賑わう光景をみることができます。

広告製版社はすでに40年以上、芝浦に社屋を構えています。SHIBAURA HOUSEは企業が地域社会との関係を築くためにスタートした新しい試みです。自分達の会社がある場所だから、もっと面白いエリアにしたい。自分達にもっとできることがあるのではないか。そのような思いからプロジェクトが始まりました。オープンからまもなく4年を迎え、多くの方々が足を運んでくれるようになりました。ここでは毎日のように、新しい出会いや驚きが生まれています。

SHIBAURA HOUSEが考えていること

私達は日々の運営テーマを、ローカルとグローバルといった、ふたつの領域で設定しています。

ローカル: 友人のような関係をつくるコミュニティ

芝浦はかつては倉庫街、その後は典型的なオフィス街であり、人々が働くためのエリアでした。しかし近年は次々と新しいマンションが建設され、若いファミリー層が暮らし始めました。いまでは、企業で働く会社員と、生活の場とする住民が混在する地域になりつつあります。しかし数万人の人間が密集していながら、隣の会社が何の仕事をしているのか、隣に住んでいる人は誰なのか、お互いについて知る機会はそう多くありません。

SHIBAURA HOUSEは誰もが利用できる家のような空間です。そこに一歩足を踏み入れれば、近所の人々やスタッフと気軽に会話をすることができます。さらには大小さまざまなイベントを通して、人々が知り合えるような機会を提供しています。私達は街の人々が交わる魅力的なインフラとして、どのようにデザイン・機能させるかを常に考えています。最初は見知らぬ人々が、やがて友達や家族のような関係になっていく。そのような魅力的なコミュニティを芝浦でつくることを目指しています。

グローバル: 海外とのクリエイティブカルチャーのハブに

地域との関わりをつくる一方で、海外の人々との交流も意欲的に行なっています。とりわけ、アートやデザイン、建築といったクリエイティブの分野には重点を置いています。これは広告製版社の仕事が、広告という文化的・創造的な領域にあることと結びついています。

誰でも迎え入れるようなオープンな空間は、海外のユニークな活動を紹介する場としてもぴったりです。私達は海外のグループや文化施設、大使館と連携しながら、海外の人々を招聘。ワークショップやレジデンスといったプログラムを用意し、彼らの活動を広く伝えています。同時にそのようなプログラムへの参加者に、海外でプレゼンテーションを行う機会も提供しています。このような活動は、芝浦のコミュニティづくりへのフィードバックとなる一方、いまの日本の社会的、文化的文脈において必要な情報を提供したいという思いから企画しています。

SHIBAURA HOUSEをつくるまで

SHIBAURA HOUSEをつくるまで

SHIBAURA HOUSE代表 伊東 勝

SHIBAURA HOUSEはコミュニティスペースであると同時に「広告製版社」の社屋でもあります。
ここではその運営母体となっている会社の歴史について記します。

写真はSHIBAURA HOUSEに建て替える前のビル。今となっては近所の人達もあまり思い出すことができない、目立たない建物でした。

広告製版社の創業は1952年。その社名が示すように、長い間、新聞や雑誌広告の「製版」を主な仕事にしてきました。いまでは製版だけでなく、パッケージや広告のデザイン、イラストや3Dでの画像制作も行なっています。広告やデザインの制作に関わるスタッフは20名ほど。SHIBAURA HOUSEの4Fで仕事をしています。

社名の由来となっている「製版」は、デザインと印刷の中間に位置する仕事です。実際には広告物を印刷する際に印刷機に巻きつける「版」をつくることを指します。ハンコやスタンプの「版」をイメージしてもらえればわかりやすいかもしれません。今ではコンピュータによる作業(DTP)ですが、昔は職人たちが手作業で作っていました。

成長と衰退(1950~90年代)

製版という業態は広告産業に含まれます。広告製版社は創業以来、日本の高度経済成長と共に順調に業績を伸ばしてきました。経済の成長に伴い、広告に対する需要が増加し、会社も大きくなりました。最盛期には都内に複数の事業所をもち、200名以上の社員が在籍していました。さらに80年代後半から90年代にかけてのバブル景気も成長を後押し。当時の社員の給与や、設備投資費は今とは比較にならない額でした。

しかしながら、それも長くは続きませんでした。バブルが崩壊し、しばらくしてリーマンショックを迎えました。広告業は景気に左右される産業です。社会全体の経済活動が停滞するに従って、業界全体が極めて厳しい状況に直面することになりました。さらに追い打ちを掛けるように、広告制作の環境もアナログからデジタルに移行。人材や設備などを含め、社内構造を大きく転換する必要性がありました。

写真は当時のビルの1F。ここには品質を確認するためのドイツ製印刷機が2台設置されていました。ここで刷られていたのは「納品物としての印刷物」ではなく、少ない部数で刷られる「印刷見本」。この見本をもとに、新聞社や印刷会社が実際の印刷を行います。

社屋の建替え(1990~2000年頃)

それは地域とのつながりです。というのも、以前から会社では地域の商店会や町内会のお手伝いを続けてきました。夏に開催されるお祭りのポスターを制作したり、余剰在庫となった用紙を幼稚園に提供することもありました。小さなことかもしれませんが、地域の人達と何らかの関わりを築こうとする企業文化がありました。そこで、もし新しい社屋が社員のためだけでなく、地域の人々も利用できる場になったら面白いのでは、と考えるようになりました。

会社の未来をつくり、同時に地域社会で求められる空間とはなにか。そのふたつが両立できるようなものを作りたいという思いが次第に強くなっていきました。そうしたアイディアを2、3年考えながら、資金面も含めた準備に取り掛かりました。

一方、その空間設計を考えた際、建築家の妹島和世さんの名前が浮かびました。個人的な話になりますが、1996年に岐阜のIAMASマルチメディア工房という施設を訪問した際にショックを受けたことが忘れられませんでした。そこにあったのは今までに見たことのないような半地下に埋まる建築物。建築とランドスケープが一体化したような印象でした。

それを設計したのがSANAAという建築家ユニットであることを知り、とても興味を惹かれました。その後、SANAAは原宿のhhstyle、金沢21世紀美術館と続けざまに斬新な作品を発表。建築の新しい時代を切りひらく、目の離せない存在になっていきました。

SHIBAURA HOUSEの構想(2008年)

2008年、初めて妹島さんご本人にお会いして、こちらの要望を伝えました。設計をお願いするのは新しい社屋。ただしオフィススペースは必要最低限に留め、残りを誰でも自由に使えるような空間を求めていると言いました。自社の社員と地域が共有するひとつの家のようなイメージです。そのアイディアに至った経緯や価値観を説明し、お互いの意見も交わしました。幸い、妹島さんも興味をもってくれたようで、その場で設計を引き受けてくれることになりました。

それからの1年間は基本コンセプトを固めることに費やしました。こちらからは「人の気配が感じられる、上下階が繋がった家のような空間」という漠然としたリクエストのみ。しかし間もなくして、具体的な設計案が出された時には驚きました。それは実際に完成した設計案の原型のようなプランでした。これ以降、私達もこの空間を活かした運営方法を現実的に考えられるようになりました。

それから最終的な設計が固まるまでに、さらに1年がかかりました。毎月開かれるミーティングは新しいアイディアが積み上がってくような雰囲気で、とても刺激的なものでした。ようやく最終案がまとまり、その模型を見せてもらったときには、これが本当にできたらどんなに素晴らしいだろうと想像していました。

竣工、運営(2011年~)

2011年7月にSHIBAURA HOUSEは竣工しました。以来、地域向けのワークショップや海外のクリエイターを招いた企画など、多くのイベントを実施してきました。1Fのフリースペースには近所の人々が集まり、さながら公園のような雰囲気を生み出しています。妹島さんによる設計空間を見るために、世界中から見学者が訪れます。以前の社屋では考えられなかったような、非常に多くの人達との出会いが生まれています。

これからの課題は、このSHIBAURA HOUSEという家に集う人々がお互いを知り、理解し、立場を超えた関係性を築いていくことです。このSHIBAURA HOUSEという素晴らしい空間を活かしながら、より魅力的なコミュニティづくりに貢献していきたいと考えています。

*写真は基本設計終了時のもの (C) 妹島和世建築設計事務所