HOME > COMMUNITY >

夢想

2015.06.25

BY エドウィン・ガードナー (Edwin Gardner)

僕はオランダのずっと北部の場所で少しばかり休暇をとっていた。このあたりの土地は起伏なく広がり、強い風が吹く。風で波打つ草。雲は上空低く浮かび、映し出す影はどんどん形を変えながら去ってゆく。ここでは夜空が澄んだときには、眩いばかりの天の河を見ることができる。けれど不運にも、僕が空を見上げるといつも雲がそれを覆い隠してしまう。たとえ星々を眺めることが叶わないにしても、僕の心は恒星タウ・セティ星系にある遠く離れた太陽のことで満たされていた。なにしろそれは、ここから12光年も離れているのだ。僕はこう想う。 

僕は物を所有することなく、誰かと物を共有するだけで生きる人になれるのだろうか? 僕は真のオドニアン*になれるのだろうか? 

*後述される小説に登場するオドー主義者。女性革命家オドーの名に由来する

アーシュラ・ル=グウィンの小説『所有せざる人々』を思い出しながらそのような疑問が湧いた。小説の中でル=グウィンは恒星タウの軌道を周回する姉妹星、アナレスとウラスに文明というものを与えた。

170年前、ウラスを去ったオドー主義を信奉する100万人の入植者たちがアナレスで文明を築き始める。その方法は自由で無政府主義的なオドーの原則に基づくものだった。 国がなく、法がなく、貨幣もない社会。そこで人々は、社会を機能させるために全てをシェアしていた。それは砂漠のような惑星であるけれど、美しい緑に覆われた地球のようなウラスを去った無産者たちにとっては、ユートピアのような響きをもっている。だが結局は、誰もアナレスに行くことが許されなかった。 

とはいえ、ただひとりアナレスからウラスを訪れることができた。その名はシェヴェック。優れたアナレスの科学者であり、急進的なオドー主義者だ。やがて話はシェヴェックのイデオロギー上の葛藤へと続く。それは彼が生まれ育ったアナレスのアナーキーな社会との相違、そしてウラスの資本家との出会いから引き起こされたカルチャーショックによるものだった。 

1974年に生まれたこの小説は、2015年の地球という惑星で、僕が抱くさまざまな思いを揺り動かす。資本主義というものがコントロールを失って破滅的な力をもつようなところでは、人々は平等で持続的な世界を秘かに望むようだ。それはどういうことだろう? 自分の周囲で言えば、単に物を所有するだけではない発想にたどり着きたい。どちらかというと僕は、ひとりで物を貯めこむよりも、友人たちと何かしら大事なものをシェアするほうがずっと良いと思っている。

僕らはよくシェアリング・エコノミーや参加型デザイン、民主制について話をする。たとえば、あらゆる物事に対する組合のような共同体、P2Pの銀行、オープンソースプロジェクト、クリエイティブ・コモンズ、ユニバーサル・ベーシック・インカムについて。自分の仕事には満足感が必要で、その経験は本当でなければならない。そうして僕はクラフトビールを飲み、祖父のカーディガンを身に羽織る。このニッチなヒップスターの世界は、まるでユートピアのように聞こえるだろう。つまりはアナレスだ。

ここでシェヴェックの話が面白味をもちはじめる。 彼の住む世界はとても魅力的で、僕らの社会が抱える病への解決策のようだ。アナレスもまた人間の居住区であって、その点は僕らの星と変わりはない。結局のところ、人は社会的な「種」に過ぎないのだ。人類が原始的な種族のひとつであるとしても、もしくは自分と仲の良い友達、虚構の文明に暮らす一員であるとしても。人は怒ることもあるし、恋に落ちることもあるし、悲しむこともある。他人を気にかける一方で、お互いを支配したり、妬み合ったりする。 それはどうしようもないことだ。僕らは社会的な種族なのだから。まさにこれはル=グウィンが実に上手く捉えていたことでもある。

アナレスには従うべき警察権力や法律、払うべきお金といったような、統制のための手段が存在しない。人々は何をしなければならないかを理解するために、お互いを意識し合うのだ。シェヴェックもこのことに気がついている。「我々は法律を作った。社会習慣の法律は、自分たちの周りに壁を作った。その壁は目に見えない。なぜなら、思想の一部になっているからだ」

これらの壁が目に見えないイデオロギーで、我々の現実と行動の根底にない他の世界を想像しがたくしている。 オキュパイ・ウォールストリートが実施されていた間、人々は自分たちが求めていないものについては、雄弁に語っていた。悪いのは現在のシステムなんだ、と。 それについては同意するけれど、こんな疑問が残った。「じゃあ、僕ら望むものはなんだろう?」 

それは答えのない疑問だ。スロベニアの哲学者であるスラヴォイ・ジジェクはこのように言う。「資本主義の終焉よりも、世界の終焉を想像するほうが簡単だ」と。我々は、包括的で持続可能な世界がどのように回るかを考えるよりも、ロボットによる支配やエイリアンの侵略、気候災害といった類いを想像する方が容易なようだ。

だからおそらく、地球の重力を超えたエイリアンの世界の方が、想像しやすいのだろう。地球もアナレスも共に社会的な世界であり、そこでは世間的なポジションや関係性といったものが、人々の振る舞い方を左右する。ル=グウィンのアナレスに関する描写は、私達の世界の中でのときと場所における欲望と通じるところが多い。アナレスでは言語から始まる。 「働く」という言葉は存在しないと言ってもいい。その代わりに「働く/遊ぶ」 のような意味の言葉がある。 ウラスのことを説明するときには、シェヴェックは次のように言う。

 「ここでは仕事に対する動機は金融であり、お金の必要性、利益への欲求だ。だがお金が存在しないところでは、おそらく本来の動機はもっとはっきりする。人は物事をするのが好きなのだ。そして、人々は向上心を持っている。 危険でハードな仕事をするのは、その仕事にプライドを持っているからだ。その作業ができるというのは精進したからとも言え、他の人から見れば弱者に対する見せびらかしとも言える。 ほら見ろよ、ガキども。俺がどれだけ強いかわかるだろう。人は自らが得意とすることを進んで行う。 しかし実のところ、それは目的と手段に関する問題だ。 結局、仕事のために仕事なんだ。 それは永遠に続く、人生の喜びといえる。 
個人の感覚でそれはわかっている。社会においても、さらには隣人のレベルにおいても。それ以外の報酬も法則もないのだ、ここアナレスでは。個人の喜びと、仲間からの尊敬があるだけだ。 それがすべてだ。そうなると、周りからの評価が絶大な力になることがわかるだろう」 

我々を突き動かすものが社会の中で変われば、現実も変わる。 アナレスでは僕らの世界とは違って、物を生産する方法は、物をどのように消費するかということときちんと繋がっている。 作業場や工場は通りに面していて、生産された物から人は必要な分だけを取り、シャアできればする。ル=グウィンが描く彼らの都市はこうだ。「見せかけや広告はない。全てがさらけ出されている。都市での仕事の全て、生活の全てが目に見えるし、手に取れるのだ」

アナレスは機械が人間を労働から解放させるような世界ではない。 僕らの惑星のように豊かな緑があるわけでもない。しかし、ひとりひとりに充分ものが行き渡るような社会経済学をもっている。そして彼らの経済のまず第一の挑戦は、生産性を無限に向上させるのではなく、いかに平等に分配するかにある。 シェヴェックは考えていたよりも自由に行動できないことに失望しながらも、この不毛な星で生きるすべを持つオドー主義を心から信奉していた。 「人間の連帯こそが、ここでの唯一の財産だ」とアナレスの人々は言う。 

もし、壁が人の手で作られたものだとしたら、 僕らの都市にある壁も、僕らの頭の中にある壁も、他の構造物を考えればいい。社会が変われば壁は崩壊し、他の何かが作られる。星空を見つめながら別の可能性を想像するのは、いい始まりだ。そしてもし曇り空であったとしても、アーシュラ・ル=グウィンがきっと導いてくれるだろう。 

ポスト一覧に戻る

おすすめのポスト

レポート

nl/minato_LGBT 「ゲストと語る夕食会 -クン・ファンデイク氏を囲んで- 」イベントレポート

COC Netherlands代表のクン・ファンデイクさん(右)と国際プログラムマネージャーのブ続きを読む

BY 木村文香 / 2017.03.10

レポート

まちで出会い、みんなでつくる“わいわいカレーキッチン”

季節外れの台風や雨模様の1週間のあと、さわやかな秋風とともに「わいわいカレーキッチン」いよいよキック続きを読む

BY 韓 亜由美 / 2016.10.17

レポート

フレンドシップ2016「踊る人形」~時間の絵をつくろう~ レポート

9月30日、SHIBAURA HOUSEフレンドシップ・プログラム2016の一環として「踊る人形/時続きを読む

BY 松本力 / 2016.10.01

レポート

「夏のオープン・ダンスワークショップ」

8月1日から7日までの1週間、Dance Port SHIBAURA(ダンスポート・シバウラ)関連プ続きを読む

BY 岩中可南子 / 2016.09.10

レポート

De Correspondent 滞在記


2016年6月12日 アムステルダムから成田空港に到着。無事に着いていることをメールで確認。 続きを読む

BY 柴田直美 / 2016.07.30